コミュ障がノルウェーに留学する
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
シャウエンという街について。

二週間以上時間を遡って。
モロッコの青い街、シャウエンについて書きましょう。



スペインから船でモロッコに渡った私は
まずは港町タンジールに一泊。
画家マティスが愛した、エネルギッシュな土地でした。

お世話になった民宿のおばあちゃんに別れを告げ、
そこから安い民営バスに揺られること3時間。

窓の外にはずっと、溜息の漏れるような景色が続きます。

モロッコには大まかに
元国営(現民営)バス・国営バス・民営バスの三種類があって
前のふたつはサービスがよいのですが
私は冷房とスピードを諦めて半額の民営に乗り込みました。
おかげさまで3時間乗っても400円ほど。(!)

しょっちゅう地元の人がバス停もないところで乗り込んでくるので
停車する回数は多かったですが、写真が撮りたい私としてはむしろ好都合なのでした。

運転手のおっちゃんがかけるベルベル音楽をぼーっと聞いているうちに到着。

どっちを向いても青。想像した以上に青。

これはまた非日常的な風景…
噂には聞いていたけれどここまで青いとは。

この街がペンキで塗られたのは1930年代。

虫よけなどの理由もあるそうですが、
イスラエル建国までこの地に住んでいたユダヤ教徒が
家々の壁を塗ったのがはじまりだそうです。


なぜユダヤ教徒?なぜ青?

その昔、レコンキスタでスペインを追い出された
ムスリムとユダヤ教徒達がこの地に移り住んだのだそうです。
レコンキスタ終了が1492年だから…
ユダヤの人達はおおまかに450年間ここに住んでいたのかしら。

色については、正確には青だけではなく「青と白」です。
イスラエルの国旗もこの2色ですよね。
青は空、白は清浄などを表していて、それぞれ高貴な色なんだそう。

その後イスラエル建国とともに彼らは去って行きましたが、
残ったムスリム達が今も習慣を引き継いで壁を塗り続けています。
宗教の異なる彼らですが、どういう経緯で習慣を続けるに至ったのか…
今の住民に聞いてみても「さあ」としか答えてくれませんでした。

君はこの街のどんな歴史を見てきたんだい。

今は「青い街!」と注目が集まって観光地として発展しているみたいですが
少し迷えばやっぱりただの住宅街。

元々は何の変哲もない、静かな山奥の街だったんでしょうね。

娯楽が少なかったのか、麻薬が手に入りやすいことでも有名だったりします。
「何を吸いに来たんだい?タバコ?ハシシ(マリファナ)?」と聞かれることもしばしば。
それ目当ての観光客がきっと多いんでしょうね。まったく。

一歩裏に入れば静かな、静かな場所でした。


最後に

多分、現在この街が抱えている問題は浅くはありません。
日本語でも英語でもきちんとした情報を見つけられていないのですが
宿のドミトリーで一緒だったジャーナリストが
「はやく取材から解放されたい。」と掠れた声で言っていたことを思い出します。

「ここの女の子達は、本当に沢山働くのよ。」

シャウエンを離れたのち、
この街の状況について色んな人に聞いてみたのですが
「あれでも随分マシになった」とのことでした。

どちらの言葉も本音で間違ってはいないのでしょう。

5年後、折り鶴を贈った子供達に確かな未来があることを、
今は祈るしかない21歳でした。

モロッコ comments(1) -
スポンサーサイト
- - -
Comment








管理者の承認待ちコメントです。
from. - | 2013/12/29 12:32 |
<< NEW | TOP | OLD>>