コミュ障がノルウェーに留学する
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サハラに行って来ました。

よく見ると両の目の色が違う。おはよう。

シャウエンにさよならを告げ、私は再びバスに乗り込みました。
次の行き先は、おまちかね、砂漠です。
現地のガイドさんと値段交渉に成功し、
他の旅行者さん2人と一緒にツアーに参加させてもらうことに。

いやあ、ここから長かった。

バスと乗り合いタクシーを乗り継いで10時間。
さらにそこから専用車で砂漠の最寄りのホテルまで運んでもらいます。
なんて過酷!とこのときは思ったものの、
その先一週間も結局似たような長距離移動を繰り返すことになるのでした。
アフリカは広いのです。

「ねえモハメド、次の街までどれくらいだっけ」
「たったの200kmだよー」

アフリカは…広いのです…

狭い車にぎゅうぎゅう詰め。そのうち慣れました。

恐ろしいことに洗濯物を干したら40分で乾く。

シャウエンを後にして実に17時間。
なんとか昼過ぎにホテルにたどり着き、おのおのベッドにへたりこみました。
砂漠に実際に向かうのは夕方です。それまで一時の休息。
草壁の、風通しの良いホテル、というか宿泊所でした。日光すごかったなあ。

もう砂丘は目の前。

最高にクレイジーな野郎でした。好きよ。

仮眠をとって、らくださんの準備ができたところで、出発。
私の乗ったらくださん、とってもマイペースでなんだか気が合いそうでした。

「識別ピアスかゆいんですけど。」
「そのパンちょうだいってば。」
「平たい顔族なんて。」
「今はこっち行く気分じゃない。」
「あそこゴールじゃああああん(急に駆け出す)」


なかなか、ハラハラしたよ。

クレイジーならくださんに揺られて2時間。
最後の砂丘だけはみんな自分の足でてっぺんまで登って、
お尻を並べて夕日が沈むのを眺めていました。

環境音が無いに等しいので、
遠くの街のモスクから祈りの時を知らせるチャイムが鳴り響きます。


なにもない。

安い夜行バスじゃ眠れるはずもなく、
全身が痛くって、瞼は閉じかけて、
もう今にも倒れそうだったけど

「来てよかったなあ。」

とだけ思ったのを覚えています。



さらさらと風が砂を運ぶ中
みんなでタジン鍋を作って、
近くの集落におすそわけして、
それでも食べきれない分は猫にあげて、

砂漠の夜は永遠かと思われた時間の中に沈んで行きました。

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シャウエンという街について。

二週間以上時間を遡って。
モロッコの青い街、シャウエンについて書きましょう。



スペインから船でモロッコに渡った私は
まずは港町タンジールに一泊。
画家マティスが愛した、エネルギッシュな土地でした。

お世話になった民宿のおばあちゃんに別れを告げ、
そこから安い民営バスに揺られること3時間。

窓の外にはずっと、溜息の漏れるような景色が続きます。

モロッコには大まかに
元国営(現民営)バス・国営バス・民営バスの三種類があって
前のふたつはサービスがよいのですが
私は冷房とスピードを諦めて半額の民営に乗り込みました。
おかげさまで3時間乗っても400円ほど。(!)

しょっちゅう地元の人がバス停もないところで乗り込んでくるので
停車する回数は多かったですが、写真が撮りたい私としてはむしろ好都合なのでした。

運転手のおっちゃんがかけるベルベル音楽をぼーっと聞いているうちに到着。

どっちを向いても青。想像した以上に青。

これはまた非日常的な風景…
噂には聞いていたけれどここまで青いとは。

この街がペンキで塗られたのは1930年代。

虫よけなどの理由もあるそうですが、
イスラエル建国までこの地に住んでいたユダヤ教徒が
家々の壁を塗ったのがはじまりだそうです。


なぜユダヤ教徒?なぜ青?

その昔、レコンキスタでスペインを追い出された
ムスリムとユダヤ教徒達がこの地に移り住んだのだそうです。
レコンキスタ終了が1492年だから…
ユダヤの人達はおおまかに450年間ここに住んでいたのかしら。

色については、正確には青だけではなく「青と白」です。
イスラエルの国旗もこの2色ですよね。
青は空、白は清浄などを表していて、それぞれ高貴な色なんだそう。

その後イスラエル建国とともに彼らは去って行きましたが、
残ったムスリム達が今も習慣を引き継いで壁を塗り続けています。
宗教の異なる彼らですが、どういう経緯で習慣を続けるに至ったのか…
今の住民に聞いてみても「さあ」としか答えてくれませんでした。

君はこの街のどんな歴史を見てきたんだい。

今は「青い街!」と注目が集まって観光地として発展しているみたいですが
少し迷えばやっぱりただの住宅街。

元々は何の変哲もない、静かな山奥の街だったんでしょうね。

娯楽が少なかったのか、麻薬が手に入りやすいことでも有名だったりします。
「何を吸いに来たんだい?タバコ?ハシシ(マリファナ)?」と聞かれることもしばしば。
それ目当ての観光客がきっと多いんでしょうね。まったく。

一歩裏に入れば静かな、静かな場所でした。


最後に

多分、現在この街が抱えている問題は浅くはありません。
日本語でも英語でもきちんとした情報を見つけられていないのですが
宿のドミトリーで一緒だったジャーナリストが
「はやく取材から解放されたい。」と掠れた声で言っていたことを思い出します。

「ここの女の子達は、本当に沢山働くのよ。」

シャウエンを離れたのち、
この街の状況について色んな人に聞いてみたのですが
「あれでも随分マシになった」とのことでした。

どちらの言葉も本音で間違ってはいないのでしょう。

5年後、折り鶴を贈った子供達に確かな未来があることを、
今は祈るしかない21歳でした。

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ざわざわマラケシュ。
本日マラケシュは最高気温27℃、照りつける太陽、雲が殆どない空。
気がつけばこの国に来てからずっと熱中症に注意しています。
そんなこと気にするのも本当に久しぶりだなあなんてぼんやり思いつつ。

日中の水分補給、スカーフは欠かせません。
水は1.5リットルがたったの50円なのでお財布に優しいのが嬉しいところ。
日本円で2桁だなんて、ノルウェーじゃ考えられないお値段ね。

「クーン」今お世話になっている宿の看板娘。さびしんぼうめ。

この国にいるのもなんだかんだであと2日。
ここからは大きな都市を経由して北上していきます。

暑いのに加えて、初めてきちんとした「都市」に滞在しているので
正直、ちょっと目が回りそうかな。

とにかく人が多い!悔しいけれどノルウェーの首都より断然多い!
ざわざわ。がやがや。東京に帰ってきたみたいに、夜まで外が賑やかなのです。
ついこのあいだまでカエルと虫の音を聞きながら寝ていたのが嘘みたい。

そしてこれはどの国の大都市でも共通事項なのでしょう、ガラの悪い人がちらほら…
つい背筋がぴーんとなってしまいます。

メディナの中央部にあるフナ広場。夕方から屋台で賑わいだします。

広場に繋がっている、ちょっとモダンな雰囲気の通り。

スークは10分歩くともう迷路。1.5m~2.0mの幅の路地に沢山の人、オートバイ。

メディナ(旧市街)の中のスーク(商店街)は何百本もの細い道が絡み合っています。
地図を持っていても案の定迷ってしまって同じ所をぐるぐるとまわるもんですから
そのうち近くのお店の人と顔見知りに、なんてことも…。

そんなこんなで毎日6-8時間歩いております。
もう、こうなるとちょっとした冒険ね。



以下、マラケシュ迷子中の戦利品。


バブーシュ!モロッコの伝統的な履き物。これはどこに行っても見かけます。
上の写真のはあんまり状態が良くないのですが、
お店のおっちゃんが面白かったのと値段を300円と安くしてくれたので購入。
そのときベルベルのコバルトブルーの民族衣装を着ていたので、色をお揃いにして買いました。


さっきのは室内用バブーシュだったけど、こちらは室外用。
うーん、ぺたんこサンダルといったところかしら?
あんまり見かけないデザインだったので一目惚れして迷わず購入。
ぜひとも日本で活躍してくださいませ。


他にも定番のミントティーグラスを4つ購入。
少し水色がかった、昔ながらのデザインのが、合わせて500円弱でした。

もうなかなか来られないだろうと思うと、
ついつい財布の紐が緩んでしまって…いけないいけない。
このあとも旅費をやりくりしなきゃなのに。反省。

でも上のような、魅力的な雑貨が沢山あるモロッコ。
日本人やフランス人がリメイクしているお店もあるので、
ここに来た時はいーっぱい悩んで自分の好きなものを見つけてください。

それでは今夜は異国の地で日本人の方々とご飯食べてきます。
たまには頭をゆるーくして母国語で喋るのも楽しい。
価値観を共有している人達って、ざわざわしたところで会うとやっぱりラクだわ。

今日はここらで、Salut! :)
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